ぼんやりしてても願いは叶うのか?

ゆるっとまるっと引き寄せ体験についてのこと。

無いんじゃない、見えてないんだよ。(お金について#1)

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今日は久しぶりにフリーの一日。

わたしにとってフリーとは仕事が入らなかった日の意味。

(お客様いらっしゃい!)

 

昨日、おしゃれな植物店で一瞬買おうか悩んでやめたモンステラが、

さっき近所のスーパーに買い物に行ったら、千円で売ってた!

一旦、食材を買って家に戻り、部屋を眺めた時、

ここに置いたらやっぱりいい感じだな、と思ったので、

再びスーパーへ出かけた。なんと陶器の鉢は300円で売っていた。や、安い。

 

昨日から急に植物が増えて来た。

1年間、ずっと欲しかった観葉植物。

植物と言えど生きてるものなので、簡単に迎え入れることも出来ず。

ここに来て、あたらしい仲間が欲しかったと素直に受け入れたら集合して来た感じ。

 

ちなみにこのモンステラは「ステラ」さんと名付けた。

この京都の部屋は惑星ruーmuと名付けているので、

ちょうどぴったりの名前となった。

 

わたしは一ヶ月のうち、湘南、東京、千葉、京都と移動してるので、

すごく忙しい人と思われてるところもあるようだが、

時間は結構あるので、自分では忙しいとは思っていない。

でも実際には自分が動かないと稼げないところもあるし、

来月どうなるのかなんてこともわからない。

 

それにしては余裕があるようにも見えるかもだけど、

「お金はなんとかなる」という自分の昔からの考え方が影響してるのだろうと思う。

 

それは、わたしにとってはこういう意味も含む。

 

・自分で稼ぐことも出来る

・足りなければ家族に頼る

・クレジットカードを使う

・要らないものを売る

・今やってることを辞めてお金のかからないようにする。

 

二番目と三番目って要するに人に借りるということなので、

なんとかなってないじゃーーん!って突っ込まれそうだけど、

 

そもそも「なんとかなる」の「なんとか」って何だろうと思う。

 

そこが自分でわかってないと、

お金の流れは掴めないし、なんともならないのかもしれない。

 

結論から言うと、

わたしにとっての「なんとか」は

今、生きられればなんとかなっていると言うことだ。

 

誰かに頼れるのも生きていればこそだ。

(ちなみにたまにカードを使う程度で人に借金はしてない)

あくまで考え方なので、自分でなんとかするのも前提。

 

 

子供の頃からお金が無い、うちは貧乏だと言う母がよくわからなかった。

実際に裕福ではなかったし、ファミコンや他のおもちゃも買ってもらえなかったけど、冷蔵庫を開けば食べ物は入ってるし、持ち家もあるし、

軽トラだけど車もあったし。なんで「無い」って言うのかが疑問だった。

疑問なので、あると思って、いろいろとちびまるこのようにねだっては、

「うちは貧乏なの!」と叱られた。

 

 

そのうちにわたしもだんだんそうなのか、と思って来て、

うちは貧乏だなって思ってしまっていた。

 

でもあの、卑屈になって、貧乏だからと思う度に、

ペタッと胸に張り付いてくるような、

なんとも暗い気持ちになる感覚がとても嫌だったのは覚えてる。

 

今はわかるけど

無いものを数えても

いくらたっても増えないんじゃ無いかと思う、

 

今、ここにあるものを感じた時に、

しあわせだと思えるかどうかで

自分の豊かさは決まっていくと思う。

 

 

少し話は違うかもしれないけど、

あたらしい星を探す人の話を何かで見たことがある。

毎晩、見つかるかわからない星をひたすらに何年も探して、

見つかっても、自分の名前がつくだけ。

 

数多の星の中でまだ見つかってない星を探すには、

あるという前提のもと、

 

まだ誰にも見えてないものを見る目が無いと見つからないのじゃないかと思う。

 

それはむやみに信じる力とかじゃなくて、

 

あるという目が、もうその人にあるから見えてくるものだと思う。

 

あるという目で夜空を見た時に、

あったというそこにいつかいけるのかもしれない。

 

 

そんなことを考えたとき、

わたしもあるという目で、お金についても見て行きたいと感じるのである。

 

お金は無いんじゃない、

(いま)見えてないだけ。