ぼんやりしてても願いは叶うのか?

ゆるっとまるっと引き寄せ体験についてのこと。

頑張るという意味(引き寄せの基本#5)

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今日も午前中から個人セッション。

(今やってる内容はカウンセリングしつつからだの声を聞いて行く施術。)

まあ。所謂一つのスピリチュアル的な仕事です。

※気になる人はライトボディリンクスで検索してみてください。

 

午後からの予定がキャンセルになったので、馴染みのカフェでひとりランチ。

 

昨日書いた記事の続きで、また今日は過去の引き寄せ体験について。

 

yurumaruhikiyose.hatenablog.com

 

昨日会ってた友人は、

今、MAXにスピリチュアル系のアンチ度が高まってるとのことで

発言が辛辣で愉快だった。

(わたしのやってることは知ってるし施術も受けてもくれている)

 

わたしも彼女が嫌ってるスピリチュアル系の世界の住人だし

同じ穴のムジナという自覚はあるので、わたしはそういう人たちとは違うんです!

と今更声高にいうつもりもさらさらない。

でも以前から、確かに自分のスタンスと違うなあ、、、という違和感を感じる

スピリチュアル系の人たちは多かった。

(その違和感が何かについてはいずれまた)

 

でもよく考えてみたら、

やってるのが同じようなことってだけで、

それは何の業種でも違いはあるだろうと思ったら気にならなくなった。

目の前に来てくださったお客さまを大切に想い、

わたしはわたしのやることをやるまでだ。

 

さて、過去の引き寄せ体験について。

いろいろまだあるけど、基本的に言えるのは、

とにかく人に恵まれて来たということ。

 

わたしの人生、

ほぼ他力本願でやってきたと言っても過言ではない。

 

だからか、自分が頑張ったと思うことって、正直言うとあまりない。

今思えば結果的に頑張っていたと思うことはあるけど、

頑張ろうと思うと頑張る気が失せるというややこしい気質。

 

昔から応援ソングも胸に響かないし、

スポ根も好きじゃないのは、頑張ることがそんなに重要なのか?

と思っていたからだと思う。

そんな感じが、母にも「呑気だ」と呆れられてた要因だと思う。

 

頑張れない自分がダメ人間なのでは。。。

とネガティヴに思っていた時期もあった。

 

そのくせ、昨今の、

頑張らなくても良いんだよという風潮にも、

ずっと違和感があったのだった。

 

自分で書いてても

ややこしや〜〜である。

 

(だって結局、そうは言っても頑張ってる人たちの方が評価されるじゃん。

頑張りが美徳とされてたり、無意識に頑張らせようとしてる仕組みになってるじゃん。大人も子供も。ついに語尾がじゃんになっちゃったよ。)

 

きっと世の中的な頑張らなくても良いんだよ、って言うのは、

「無理することはないんだよ。」

って意味合いで、ほんとに頑張らなくてもいいってことじゃないんだと思う。

ご自由にどうぞって書いてあるのに料金箱が置いてあるようなもんだ。

 

わたしはマジで頑張らなくてもいいんだと思う。

何もしないってことじゃない。当たり前だけど。

自分の出来ることはやる。でも出来ないことまでは頑張らない。

それは他の人の方が得意だったり、

やりたいって思ってることだと思うから、

そちらに任せた方がいいと思う。

 

最近思ったことがある。

 

頑張り過ぎることは

欲張ることと同じなんじゃないか?

 

もっと〇〇が欲しいから頑張る

もっと〇〇したいから頑張る

 

もっと、もっと、、、。

 

それはほんとに何のため?

 

頑張り過ぎでお疲れのいろんな方の話を聞いていて、

みなさん真面目だなあって思ってきたんだけど、

ひとりで抱え込もうとし過ぎて、自分の風通し(心もからだも)が悪くなって、

しんどくなってるんだなあって思う。

 

一応書いておくけど、

頑張るな、とも、

頑張ってる人が欲張りって言ってる訳ではない。

 

でも、その頑張りは何のためで、

そのために本当になってるのか?と言うこと。

違うって思ったら、その頑張りは今必要ではないのかもってこと。

 

もっと人を頼っていいし、

自分が出来ることだけをもっと頑張ればいいと思う。

それは「過ぎる」ことではなく、「拡がり、深く」なってゆくことだと思うから。

 

わたしの他力本願はそういう部分で発揮することがあって、

過去には、まったく忙しくないのに、

マネージャー(サロン付き)

ライター

ウエブデザイナー

等々のチームのようになって

わたしのやってる事を盛り立ててくれようとしたことがある。

(その節はありがとうございました。)

 

また長くなるので割愛するが、気づいたらそうなっていた。

 

未熟なわたしに有り余る幸運!って思ってたから、

やっぱりこの時もどこか他人事だった。つくづく愚かだなあ。

 

でもその時にその道のプロや

手伝いたいと本気で思ってくれた人たちのご厚意に甘え、

自分のできることだけを真剣にやれたおかげで今があるとも思ってる。

ありがたい体験だった。

 

あの時のチームはだいぶ前に解散したけど、

数年後にお世話になったライターさんに再会した際に、

「あの時にまるちゃんと活動した経験が今の仕事に活かされてる!」

とものすごく何度も感謝された。

聞くと、超ビッグなスピリチュアル界の(厳密に言うとビジネス界?)

お方との仕事をしていたらしく。。。

 

わたしと知り合った時はスピリチュアル的なことは信用せず、

何それ、怪しい!とギャグみたいにいつも突っ込んでいた愉快な人だったのに。

(でも最後までサポートしてくれてたのも彼女だった。)

 

ボヤーっとサポートを受け取ってただけで、

ビッグにもメジャーにもなれず、

申し訳ありませんってもやもや思ってたけど、

そんなふうに言ってもらえたことで救われた。

 

あの時に、変に頑張らなくて良かったのかもしれない。

わたしが出来ることをお世話になりつつやったのだ。

という想いがそこで強く持てた。

 

そんな数年越しの答えに

心から感謝した出来事だった。